虹とスニーカーの頃

 久々に埼玉遠征。西武新宿線『新所沢』駅前をぶらついてきた。

 「新」と名のつく駅の多くは、80年代に都市開発がなされている。そして“80年代トレンディ”な時間が凍結し、「のままレトロ化する

 この新所沢もそう。TOKIOに対抗し、ダサイ玉の汚名を返上すべく80年代にPARCOができた最先端テクノCityは、いまや好ましいまでに発酵。「新」がつかないピュア所沢駅より、はるかに懐かしい最後端レトロCityとなっている。こういうエイティーズ・レトロフューチャーでサイ玉バーパンクな街が、僕は大好き。

 新所沢を象徴するシーンといえば、たとえばこんな喫茶店。

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 『ナウイ店

 “ナウイ”についてはさんざんこちらに書いたが、ここにはもうひとつ捨て置けないキーワードがある。「スニーカー」だ。

 スニーカーブームは7年周期で起きると言われているが、わけてもピークは2度あった。記憶に新しいのが「エアマックス95」などのハイテクスニーカーブームだろう。新宿のシューズショップでこれが売り出された日、若者たちが「徹夜で靴を買う」というストレンジな現象が起きた。一足の靴を買い求めるためだけに連なった行列は、なんと新宿御苑にまで及んだ(駅にして2駅ぶんの距離!)。また、寝袋を持参してまで手に入れたスニーカーを奪い取る「エアマックス狩り」なんて事件まで起きた。

 このブームから遡ること14年前、80年代の幕開けとともに第一次スニーカーブームが沸き起こる。正確には「いままで当たり前にあった靴を、スニーカーと呼ぶことに決めた」ブームだ。チューリップの『虹とスニーカーの頃』、近藤真彦の『スニーカーぶる~す』など、「靴の歌」のヒットが立て続いた。ではそれまでこの靴をなんと呼んでいたか。「ひもぐつ」だ。「♪ペアで揃えたスニーカー」だったから流行ったわけで、「♪ひもぐつ2足~」では、たとえノン腋毛なマッチとてヒット曲にはならなかっただろう。チューリップも心の旅に出たまま行方不明になっていただろう。

 ナウのかけらが転がった街で、「虹とスニーカーの頃の頃」を回顧する。80年代に青春を送ったナウイ新人類は、ぜひ新所沢でしみじみしていただきたい。この店で、コーヒーをすすりながら(でも、フツーの喫茶店でした)(吉村智樹

日記ブログ、ほぼ一日おきに書いてます。わがままは男の罪、それを許さないのが女の罪。
exciteブログ『吉村智樹の湘南ハートブレイク


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by yoshimuratomoki | 2006-07-23 09:54